2010年2月13日土曜日

「インスタント」という悪魔の囁き

インスタント食品というものがいつ頃作られたのか知らないが、現代の食生活には不可欠な存在となっている。



そもそもインスタント食品というものの定義はあるのだろうか?



何をもってインスタントというのか。



ウィキペディアには、「インスタント食品とは、簡単かつ短時間の調理で食べられるように加工され、かつ保存性を持たせた食品。「即席食品」とも言う。」とある。



また、「乾燥した穀物を加熱して作るはったい粉や、加熱した穀物性食品を乾燥して作る糒は、インスタント食品の走りともいうべきものである。他にも湯を加えるだけで食べられる食品としては葛湯や蕎麦掻きなども古くから存在する。」とある。



保存性を持たせた食品という意味では、人間の知恵を感じるし、その必要性も理解できる。



しかし、化学調味料や添加物が入り、食べることが習慣化するようなインスタント食品はなるべく避けたいものだ。



「インスタント食品」が便利なのは分かるが、日常化すると大切なものを忘れてしまう気がする。



例えば出汁をとるような場合、昆布やカツオ節から簡単に取れるにもかかわらず、粉末や顆粒状のものを使うようになると、料理の楽しさ、面白さ、創造性が欠如した日常になってしまい、無意識のうちに、「食」というものを本質から考えることをしなくなってしまうような気がする。



人間、楽な方がいいに決まっているが、料理するときは、可能な限り最低限の手間をかける習慣は持っていたいものだ。



悪魔の囁きとの戦いが続く。

弁当庵
 

2010年2月7日日曜日

伝統回帰

不祥事が続く相撲界では、貴乃花が新しい理事に就任し改革が期待されている。

改革と言うより、伝統を持つ本来の相撲界への回帰という印象だ。

なぜ相撲界がここまで堕落したのか、門外漢の自分には皆目分からないが、常識的にみて、自浄能力が欠落した滅茶苦茶な業界なのは確かだ。

伝統という言葉は使うものの、保身のために都合よく使っているに過ぎないのは明らかだ。


「伝統」とは何だろうか?

ある伝統芸能の世界での話だと記憶しているが、伝統とは「守 破 離」だという。

ネットで調べると「道」が付く世界では当たり前の考え方のようだ。

相撲も相撲道だと言われるが、果たしてこの「守 破 離」があったのだろうか?

単なる利益目的業界でしかないような気がする。


さて、この「守 破 離」を現代の食生活に当てはめてみよう。

当然、食にも伝統はある。

その伝統は日常の食生活の中に生きているのだろうか? と、ふと考えてしまう。

御節や七草など節目節目で伝統的な食習慣は残っているが、その意味するところが理解され、日常的なものになっているのか疑問だ。

生活があまりに便利な方向にシフトする中、手間のかかることは敬遠される。

伝統とは手間のかかるものなのだ。

実態とは別に形式が重んじられるから、何事も「携帯」的になりつつある現代では、一部の人のものだけかもしれない。

相撲と同じで、伝統をないがしろにすると、大きなしっぺ返しが待っている。

弁当庵

2010年1月31日日曜日

「目」で食う人々

あなたは「目」で食べますか?

それとも「頭」で食べますか?

ひと昔前は、一部の階級を除いて、食べられるものが限られていたため、手に入るものを大切に食べていた。

そして、現代、飽食と言われて久しいが、棄てるほどの食糧が身の回りにあり、溢れるばかりの広告や口コミ、口コミもどきの情報に振り回され、食糧のありがたさも、「食」が身体に及ぼす影響も考えずに、欲望のまま食べていないだろうか。

最近では、生活習慣病など、医療面から指摘される問題から食への改善が求められ、薄味を広めようと、味覚革命ということを言う専門家までいる。

しかし、それはまだまだごく一部で、消費者も「食」を売る人達も、その多くは「欲望」を原点にしている。

それが「目」で食う人々だ。

一方、食糧の問題を生産や流通面だけでなく、個人の健康面からも捉えて、何を食べ、何を食べないか、ということを考える食生活をおくる人達もいる。

それが「頭」で食う人達だ。

いま求められているのがどちらの人達かは、明白だろう。

「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である」(パンセ)

だそうな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
弁当庵

2010年1月24日日曜日

梅干し

海外旅行に行く時、必ず持っていくものに梅干しがある。


体調を崩した時や疲れたとき、梅干しがあると便利だからだ。


そんな時は、つくづく日本人なんだなと感じる瞬間でもある。


体調に問題ないときは現地食をなんでも食べるのだが、熱を出して寝込むような状態になると、味噌味のものと梅干しが欲しくなるのだ。


子どもの頃から、毎朝母親が作った味噌汁を食べていたが、ろくな動物性たんぱく質が無い時代でも、健康に育ったのは大豆のお陰だと思っている。


味噌や納豆、梅干しがあれば、自分の食生活は充分満たされると思っている。


仕事場の冷蔵庫には味噌(3種)と納豆は常備している。


梅干しも充分在庫を持っている。


あとは玄米があれば充分だ。


日本の味の基本形がそこにはあると思う。


人によっては育った地域や家庭が伝える漬物の味もあるだろう。


それらは単に食の問題ではなく、心の問題でもある。


海外で体調を崩した時の味噌や梅干しは、精神的にホッとさせてくれるものだ。


別な言い方をすれば、心を癒してくれる日本の味だ。


今の子ども達に、記憶に残り、心を癒してくれる日本の味はあるのだろうか?
 

2010年1月16日土曜日

量り売り

筆者が小学校に入学するかしないかの時代、今から40数年前の頃、父親に手を引かれて酒屋へ行った記憶がある。


父親の片手には空瓶が握られているシーンが記憶にある。


空瓶をもって、酒を買いに行ったのだ。


当時は、米や味噌、醤油など日本人に必須の食材や調味料を中心に、ほとんどの食糧が量り売りだった。


味噌や醤油などは近所での貸し借りもあったりした。


国全体がまだまだ貧しくて、余分に買い置く余裕などない時代だったのだが、いまの時代から見ると、量り売りは無駄が無く合理的な仕組みに思える。


コンビニ弁当の廃棄が一時期問題になったが、「売る」ために消費者への心理的な効果から廃棄分を見込んでいる、というような昔なら信じられないような商いが一般化している。


その点からみても、「食」への考え方、商いの取り組み方がまったく違っているような気がする。


物がない時代は、全てが「ありがたく頂く」対象だが、現代のようになんでも手に入るような状況にあると、食糧ですら、工業製品化して商売の効率重視の対象となってしまうのだ。


一時、「もったいない」という言葉が復活したが、あまり定着してないような気もする。


現代は高齢化社会、男女共同参画の時代だからか、惣菜など出来上った食品の量り売り(もどき)はあるが、食材のような素材からの量り売りはほとんどお目にかからない。


一部の商品やこだわりのある生産者は、量り売りもしているようだが、日常目にすることはほどんどない。


復活して欲しいライフスタイルなのだが…。


2010年1月10日日曜日

カロリー表示のススメ--その2

(12号から続く)

前置きが長くなったが、カロリーコントロールした食生活の実行というのは大変なのだ。

自分で料理する場合、カロリー表示がない食品が多いことが悩みの種。

外食の場合では、メニューにカロリー表示がないために食べられる範囲が狭いこと。


自分は糖尿病宣告以来、合併症が怖いので自分なりにキチンとカロリー計算した食事をしてきた。

前述したように加工品の類や外食系に関しては、カロリー計算が難しいことが多々あるので、できるだけ自分で調理・料理するようにしている。

素材から計算する分にはキッチンスケールと表計算ソフト、カロリー計算のガイドブックがあれば問題ない。

自分にとってはこの3点、3種の神器だ。

毎月通うクリニックで管理栄養士さんと話したとき、自分自身で生真面目にカロリー計算して食事をしている人間は珍しいらしい。

生来ズボラな性格だが、合併症の恐怖があるから、ことカロリー計算に関しては真剣に取り組んでいる。

しかし、先にも書いたように基礎となる食品のカロリー情報が少ないのが現状なのだ。

身の回りに、もっと当たり前にカロリー表示・情報があれば、糖尿病患者だけでなく、ほかの生活習慣病患者や予備軍の人達、あるいは体重・体型を気にする人達がもっと気軽にカロリーを意識した食生活をおくれると思うのだが。

時々思うのだが、巷の食品全てにカロリー表示が実施され、国民の多くが意識するようになったら、商売上がったりだろう。

カロリーを意識してる人間なんて、砂漠の中の針数本か、大海に漂う数個の木片程度か。

2010年1月4日月曜日

カロリー表示のススメ--その1

自分は糖尿病患者である。

2009年1月に宣告されてから、ひたすら食事療法に取り組んでいる。

お陰さまで、とりあえず現在のところ薬は処方されていない。
(処方されいた薬は武田薬品のアクトス)

食事療法だけでなんとかなっている。

◎食事療法とは…

具体的に言えば、カロリー制限した食事のことだ。

糖尿病患者用食事(病人食とも言うようだ)のカロリーは1日1600キロカロリー。

多くの人達は、自分が摂れるカロリーを知らないだろうが、現代生活で普通に生活していると、必要摂取カロリーの1.5倍から3倍程度は摂っている。

試しに一度計算してみるといい。

その膨大な数字に驚愕すること請け合いである。

参考までに適正エネルギーの計算式を記載するので、是非ご自身が摂取すべきカロリーをご確認願いたい。

身長(m)×身長(m)×22×身体活動レベル(※)

「身長(m)×身長(m)×22」が標準体重といわれる数値

※身体活動レベル
1)低い(25~30キロカロリー)
①歩行は1日に1時間程度
②軽作業やデスクワークが中心の生活
③事務職の方、小さなお子さんのいない主婦の方など

2)ふつう(30~35キロカロリー)
①歩行は1日に2時間程度
②立ち仕事が中心の生活
③製造業・サービス業に従事されている方、小さなお子さんのいる主婦の方など

3)高い(35キロカロリー~)
①重い肉体労働が1日に1時間程度
②農業・漁業・建設業に従事されている方など

自分は身長が177センチで、身体活動レベルが1)と2)の中間程度なので次のようになる。

1.77×1.77×22×30=2067.7キロカロリー

糖尿病になる前の摂取カロリーは分からないが、現状から推測すると、4000キロカロリー前後はあったと思われる。

糖尿病宣告から半年ほどの平均摂取カロリー/日は1850だったが、現在では2300程度といったところ。

それでも体重は下がり(メタボ解消:15キロ減))様々な検査数値が良くなった。

太っていることは良くないようだ。

しかし、ここで問題がある。

前置きが長くなったが、カロリーコントロールした食生活の実行というのは大変なのだ。

自分で料理する場合、カロリー表示がない食品が多いことが悩みの種。

外食の場合では、メニューにカロリー表示がないために食べられる範囲が狭いこと。

(この項続く)











お勧めサイト:カロリーダイエット
calorie-diet.org